Home > 時代の流れ

時代の流れ Archive

ポストPCはきっかけを作る装置である

iPhoneやスマホは、きっかけを作る装置である。

  • 時によるアラート
    一例:タイマー、時報、
  • 場所によるアラート
    一例:GPS通知
  • 他者との関わりによるアラート
    一例:メール、SNSからの通知

ポストPCとPCの違いはアラートの執着の高さである。

実物の本とも交換可能です

貨幣って、「現物と交換可能です」を繰り返して、食料と交換可能、金と交換可能、お金と交換可能(ギフトカード、電子通貨)って変わっていったんだよね?

本も同様にすればすぐに電子化してしまうんじゃなかろうか。

例えば「電子書籍買うと、本物の本とも交換可能です」とする。

この場合、出版社にメリットはある。
「交換可能」であることを前提にしてなんと電子書籍が実物の本と同じ値段で売れるのだ。

Amazon Kindleやほかの電子書籍ストアには、「電子書籍なんだから実物よりも安くしてよ」プレッシャーがかかっている。当たり前だ。消費者だってバカじゃない。リアルな本ならかかる、印刷代や流通コストがかからないのだから。

ただそこを逆手に取る。「実物の本と交換可能です」と。もし実物の本と交換しない人が1、2人でもいれば、電子データのコピー自体は0円に等しい(リアルな本と違って、流通も紙代にあたるストレージも消費者持ち)ので、利益がガクッと上がる。

「電書でしかできないこと」が確立されるまでの間は、こんなビジネスモデルも面白いかもしれない。

(もちろん「交換可能です」が前提なので、手元のキャッシュが増えるだけで、「交換して!」とお客さんから言われたらしないといけない。ただそれは電子通貨も同じ宿命で、例えばSuicaの場合は、最終使用日から10年間使用しない場合は残金がゼロになると書いてある。その規約自体は、一方的な通告なので有効かどうかはおいておいて。)

システムを売るか?コンテンツを売るか?

システムを売るか?コンテンツを売るか?

前者は大量生産的。薄利多売。(安くないと支持されない。もちろんある一定以上のクオリティは必要)

後者はオーダーメイド的。 (少しくらい高くても、満足感が得られないと選ばれない。逆に満足感さえ満たすことができれば価値は計り知れない)

二極化するように見える。どちらでも適した方でよいと思うけど、個人としてどちらかに進む必然性が出てくるように思う。

前者の例はマーケットやバザーの運営者。
後者はそこで売る人々。

どちらもが揃って、一つの場として機能する。

「自動化で楽に」と、「生産活動を遊びに」という二極化

現在は
「生産は必須だから、プロセスの楽しさを追い求める」
という方向と、
「何もかも自動化して人はひたすらのんびりできる」
という方向があると思う。

前者はオーガニックとかハンドメイドに流れて行ってて、後者はモンサントとか大衆服としてのユニクロとかに流れてゆくイメージ。

後者にはあまり未来は感じないな。
いや、そりゃあるし効率としてはよいけどより一層、競争が激しくなるし、心が疲れる方向に行くと思う。

前者は未来を感じる。イノベーションなどはこちらで起こりやすそう。
けれどすべてそうするのは便利さに慣れてしまった人には無理だろうし、オールハンドメイド、自給自足的環境ではかえって余裕がなくなるだろう。
ハンドメイドやオーダーメイド、自分で作るというのは、大量生産などによって得られた効率化によって時間に余裕が作れたからできることだろう。

ただ、「後者だけ」な人や文化(受動的な楽しさ)はあまり発展性がない気がする。

自動化を考え実行することにはものすごい知恵と楽しさが溢れてるように思うけど(だからそこはやりたい)

ホーム > 時代の流れ

Search
Feeds
Meta

Return to page top