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2012-08

守・破・離の「守」は、先人たちの見つけてきたパラメータを自分で再発見するための過程

守・破・離の「守」をやることによって、(弟子には)見えていないパラメータの存在を、(弟子が)知るきっかけになる。

守・破・離の「守」をやることによって、上のレベルがやる人の形式を完全に模倣し、その過程でなにが違うのかを比較をする。その段階で行われるプロセスとは「上のレベルの人には見えているが、下のレベルの人にとっては見えていないパラメータ」を、下のレベルの人が見えるようになる(本人の頭の中で「コントロール可能であるもの」と認識されること)ことなのではないか。

あとはそのパラメータを、「破」の段階で色々と試行錯誤し、自分にとって最適なバランスが見つかると「離」れることができる。

※「破」の段階では、さらにその「守」の人が作り上げてきたマニュアルをさらに緻密にパラメータ化することもできるかもしれない。

 

 

適用範囲は広い

プロダクトデザイナーであれば、R定規を常に持ち歩いて、「気持ちよいな」、「これは凛としているな」など感じたところのR(曲げ半径)を実測する。これは”身体的な感覚”と”社会的に認識される値”を頭の中でリンクする「守」の過程なのではないだろうか。

料理人であれば、レストランに行ったり友人宅で招かれたりした際に、「これはおいしい!」や「この組み合わせはいい!」「この順番はいい!」「このタイミング(間)がいい!」など思ったときに、その自分の”身体的な感覚”と実際のその場面で起こったことを”社会的に認識される値”で一旦記録することで、パラメータを認識するのではないかと思う。

いずれの「値」も始めは単に「Rが大きい・小さい」や、「おいしい・まずい」だったものが、「二次曲面のこのRだから余り心地よくないんだ」や「塩気が足りないからマズいんだ」となっていくのだと思う。

これらがよりはっきりしてくると、そのパラメータをいじりだす。「じゃあ三次曲面ならこのRでも気持ちよいんだろうか」「じゃあ塩気を足して作ってみようか」この段階ではおそらく本人にとっては無意識に「破」の段階に入って行っている。

それらの細かいパラメータが認識され、さらにバランスがとれる(調和する)と、もう頼る必要はなくなって「離」なのだと思う。

 

守・破・離の守は、先人たちの見つけてきたパラメータを自分で再発見するための過程だ。

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